任務完了!?


「唐突だけどさ、投げちゃわない? この仕事」
 またか、と言う冷たい視線が繊細な心の持ち主であるオレに突き刺さった。
 その視線の発生源がオレの相棒でもあり、自他共に認める冷徹一代女、その名もクミホちゃん(そう呼ばないと無視される)だったからそれはもう痛い。
「なぁ、クぅミホちゃぁぁん」
 なんだか『ル○ン三世』の「不ぅ二子ちゃぁぁん」みたいだな。これで、
「なぁに、タカハ?」(語呂は良くないが)
なんて艶っぽい声で返事でもしてくれりゃあ最高なんだけど…。
「何だ」
 思いっきり刺々しい声でこれだ。そりゃあオレが飽きっぽいのも、愚痴っぽいのも否定できないけどさ、こんな面倒臭い仕事引き受けたのは――オレか。
 なんだ。もしかしてこの状況、全部オレのせい?



―――宮也 高葉(クナリ タカハ) 十九歳 ♂
     諸々ノ事情ニヨリ、血縁者無シ。
―――八経 九御穂(ヤタテ クミホ) 十七歳 ♀
     過去、及ビ経歴凡テ不明。

「……こんな…何処から見ても怪しい履歴書だけで、信用しろと言うのかい?」
 微かに、頬と履歴書を握りしめた手が震えている。これが漫画だったら、おそらく頭の辺りに怒りマ−クが大発生で均整のとれた京都地図が出来上がっていたことだろう。
「御心配なく。引き受けるからにはちゃんと任務は果たしますって。ギャラは後払いで結構だし、あ、でも必要経費はお願いしますよ」
 なにしろ最近は浮気調査やら犬猫捜しやら、挙げ句の果ては徳○埋蔵金発掘なんていう本業とは関係ない仕事ばっかりやってたモンだから(しかもほとんど途中放棄)、正直なところ金に困っていた。
「―――証拠は?」
「へ?」
「君達が本当にあの『E・T‐アルティスト』だという証拠は、何処にあるんだ?」
 E・T、と言っても中指の長い地球外生物とは関係ありません、あしからず。
「証拠…と言われても、ねえ」
 相変わらずクミホは我関せず、といった感じで茶などをすすっている。そんなに上手いか、茶が。
 仕事が無ければ、その茶すら飲めなくなるのが分かっているのかどうか。
「……デスク上から三段目の引き出しに株不正取引き帳簿、本棚下から二段目、左から十七冊目の本の奥に隠し金庫のスイッチ、昨夜のおかず、フグ刺しのマヨネ−ズづけ…」
「なっ、何故それを!」
 突然のクミホの言葉に、男はハンカチを取り出して額の汗を拭き始めた。図星だったのだろう。
 にしてもフグにマヨネ−ズとは、あまり見習いたくない食べ方である。
「―――これが証拠だ」
 そう言うとクミホは再び茶をすすり始めた。
 男は恐る恐るといった感じでタカハの方に顔を向けた。
「まあ、そう言うコトっすね」
 タカハは悪魔のような天使の笑顔をくれてやった。



「金が無いんじゃなかったのか」
 確かに。我が家の家計は差し迫っている。
「いい加減、百円五個入りのパンを一週間に分けて食べるのはもう嫌だからな」
 やんなる位のビンボ−さ加減だ。
「分かってるって、電気代と水道代もそろそろ払わないと本気で止められそうだしなぁ…」
「……トイレ…流れないのは嫌だぞ…」
 ああ神よ、紙が流れないのは困ります。
 こんな切実な会話を全くもって似つかわしくない場所で話すと言うのも、ある意味オツなものかもしれない。
 ここは某国の政府直属研究所地下二十一階。何故そんな所で生活苦をひけらかしている(訳ではないが)かと言うと、それが仕事つまりこの二人の本業だからだ。
 いや、ひけらかす事が本業なのではなくて、ここに侵入している目的のほうを言っているのは分かるね。テレビの前のみんな!
 ………っと私は誰に話しているのだろうか。

―――ある国で密かにある研究が行なわれているらしい。
     おそらくほかのどの国もまだ知らないだろうが…、
     その具体的な研究内容、及び実験体があれば
     持ち出してきて欲しい。
―――ふ−ん…で、何の研究なんです?

―――それは……詳しくは分からないんだが…
     なにか危険なものらしい、としか言いようがない。
     それから、これを君達に提供しよう。
     何かあった時には、そのボタンを押すだけだ。

―――何? これ。

―――自爆装置だ。二人くらいなら跡形も残らないくらい
     木っ端微塵に吹き飛ばしてくれる。

―――いるか、そんなモノ!(×2)

 とは言ったものの、確かに見付かればヤバイことはヤバイ。
『E・T‐アルティスト』―――…お堅く言えば超重要機密専門ハンタ−、ぶっちゃけて言えば超お偉いさん目当ての泥棒。
 だからその存在はあくまで極秘であり、面が割れるなんてのはもってのほかだ。ならマスクか何か被ればいいって?
 最新の捜査技術をなめると痛い目見るぞ。
 タカハいわく、
「見付かった後のことをどうこう考えるより、絶対見付からない方法考えたほうが楽だし」
 そう、絶対に見付からなければいいのだから。
 芸術的なまでに侵入方法や脱出方法、痕跡すら残さない。
 それが『アルティスト――芸術家――』と呼ばれる所以だ。
「さて、と、行動開始しましょ−かねぇ」
 これが、これから国の重要機密を盗もうという人間の言葉だろうか。
「じゃ、いつも通り別行動でそれらしい実験室見付けたら呼び合う、いい?」
「その必要は無い」
 クミホは、ポケットからマウスの様なものを取り出して床に置いた。上部に『NASA』と大きく書かれている。
「こ、これど−したのよ? クミホちゃん」
「この間、NASAでの仕事の時に使えそうだったからくすねてきた。生命反応探知機、らしい」
 一緒に取り出した説明書を見て、その通りにクリックしてみる。
「…………」
 ……………………………マウスは、いちもくさんに走り出した。
「……なにあれ……」
 まるでネズミ、のようだ。
「ほう、探知だけでなく、探索までしてくれるようだナ」
 操作をした本人は、どうやらこのサ−ビスに感心しているらしい。確かに、サ−ビスが良いのは認めよう。
 だがあれはどう見ても『ネズミ』だ。チュ−、とは流石に鳴かないものの後部に申し訳程度につけられた細いアンテナ(?)といい、時折停止しては何かを窺うようにしてまた走り出す、そのしぐさ一つ取ってもこれは……。
「……オレさぁ、常日頃ドラえもんがいれば良いなあっていつも思うけど、今初めていなくて良かったって思ったよ…」
 こんな所で半狂乱になられて、『地球破壊爆弾』なんか出された日には、たまったもんではない。
「追うぞ」
 おいおい、冷静だよ。この人。
 仮にもあの『NASA』がこんなモノを造ったってことに疑問はないのだろうか。
「タカハ?」
「あぁ、はいはい。チュ−太も生命反応見つけたようだし」
 あなたに人の心を求めた自分が悪いってことも分かったし。
 いつの間にか命名されたチュ−太は、幾つものドアを後目に真っ直ぐに走っていく。おそらくより生命反応の多い所へと引き寄せられるのだろう。
「この部屋みたいだな」
 一つのドアの前で馬鹿みたいに円を描いているチュ−太を拾い上げると、裏側のスイッチをOFFにする。
 ちなみに音量メモリが隣にあるのは何故だろう。やはりボリュ−ムを上げるとネズミのように鳴き出すのか。
 とても、とてもやってみたい衝動にかられるが、あやういところで何とかその誘惑を押し止める。こんな所で実行するほど自分は馬鹿でも、こらえ性が無い訳でもない。帰ってからね、とチュ−太に誓い、
「…さて、『E・T‐アルティスト』本領発揮といきますか」
「……発揮してるのは、いつも私だけだろうが…」
 ああ視線が痛い…。応援だって大切なんだから、一応。
 すぅ、と一つ深呼吸をして、クミホは静かに眼を閉じた。
「…あぼきゃべえろ しゃのなかも だらまに はんども じんばらはら はりたやおん…」
 サンスクリット語を日本語にアレンジした真言と、流れるように次々に変化する両手の印。神秘的である。
「んじゃ、頑張ってね。クミホちゃん」
 もうすぐ二十歳に手が届こうという男が、十七歳の女の子にまかせっきりで良いのかどうか、まあ倫理的なことは置いておくとしても、…人として情けなくはないか? タカハよ。
 そんなことを言っているうちに、クミホはさっさとドアを開けて室内へ入っていってしまった。
「いいよなぁ…自分の存在を消せるってのは」
 タカハは一言で片付けてしまったが、そんな簡単なものではない。血圧、脳波、呼吸、心拍数に至るまでを可能な限り下げ、更に真言で周囲の人間を密かに催眠状態に陥らせる。
 クミホが何をしようと誰もそれに気がつかない、という暗示を擦り込むのだ。
 だから、例えば目の前でストリップしよ−が、ナベをつつていよ−が、誰も気が付かない。
 これが『E・T‐アルティスト』という名の由来、その一。
 Tranquility−静寂−……自分の全てを静寂に帰し、その存在すらこの世から消し去ってしまう…。
 実は依頼主の秘密をズバリ当てたのも、事前にクミホがこの手を使って調査しただけのことである。はったりなんて、そんなモンだ。
「あんなこと出来たら銭湯タダで入れるし、メシだって食べ放題だし、絶対得だよな−」
 てゆ−か、そんなセコイことしか思いつかんのか。おまえは。



 緊張が走る、とはこういうことを言うのだろう。中央の一番大きな実験台の周りには、五、六人の科学者達が取り囲むようにして何かを凝視している。
 クミホは手近にあったデスクに上がり、上方からその中央にあるモノを覗き込んだ。
「よし…では起動させるぞ。うまくいってくれよ、六年の歳月と十二億もの金がお前に注ぎ込まれたんだ」
 おそらく主任と見られる老人が、震える右手でスタ−タ−を立ち上げた。
 なんだ、これは。両の手には鋭いツメ、尾は邪魔にならない程度に小さく、焦げ茶色の体毛で全身が覆われている。
 体長三十センチほどの、赤いリボンが結わえられた、
―――…………………手、出ぃ…部屋…?
 それは少し違う、正確には『テディ・ベア』だ。
 だがこの場合、クミホを責めてはいけない。動いた、動いた、と本気で喜んでいる科学者達を見てしまっては、思わずするべきではない漢字変換をしてしまったクミホの気持ちも分からないではない。
「これを…盗まなければいけないのか、私は…」
 任務は絶対、失敗は自爆。そんな何処かで聞いたような台詞が頭に浮かぶ。
「―――自爆、しよっか、な…」
 真顔で言うな。怖いから。



「やっぱり、投げといた方が良かったかも…」
 今、タカハの手には実験書類とテディ・ベアが握られている。
 クミホもあえて反論はしなかった。面倒臭いとタカハが愚痴っていた仕事が、こんな阿呆臭い仕事に変貌するなど誰が想像出来るだろう。
 いや、出来はしまい。
「……六年と、十二億の結晶だそうだ…」
「オレ達より高いんじゃない?」
 それは言わない約束だ。
 なにはともあれ、目的のものは入手した。あとはこれを依頼主に渡すだけなのだが、その前に。
 この件に関して終止符を打つ。クミホの催眠が効いているうちに、クマに関する記憶を全て消す。
「クミホちゃんに比べると、かっこ悪いんだよなぁ。オレの必殺ワザ」
 必殺ワザ! 十九歳にもなる男が必殺ワザ! しかも一人で必殺ワザ!
 やはり必殺ワザは、五人揃ってこそ必殺ワザだと私は思うのだが。いや、この際それは置いておくとしても。
「じゃ、クミホちゃん先に行っててね」
「分かった」
 クミホがエレベ−タ−に消えたのを確認すると(ちなみに監視カメラは既にお手つきズミ)、おもむろに懐から缶詰めのようなものを取り出す。
「ハデに広がってくれよ。頼んだぜ、っと」
 フタごと缶を叩き潰すと、魔法のランプもかくやというような煙が立ち上り始めた。
 実はこの煙、『M−E.Virus』(タカハ命名)と言って、あるウィルスが凝縮されたものなのだ。想像すると少し気持ち悪いかもしれないが、このウィルスは一度タカハの体内に取り入れてから他人に感染させると、タカハが指定した記憶だけを消し去るという特性を持つ。
更にウィルスだけあって、その効力は人から人へと感染し根こそぎ特定の記憶を消して回るのである。
 ウィルスを自由に取り込み、自由に排出する。更にウィルスに対する抵抗力が異常に強いこと、それがタカハの能力だった。
 これが『E・T‐アルティスト』という名の由来、その二。
 Ending−終末−……記憶の終末、一切の消去、それはすなわち原点への回帰でもある。
「…でもあんまり日常生活で役に立つわけじゃなし…」
 そう。特別これといって役に立つわけではない。しいて言えば、ウィルス性の病気にかからないくらいだ。
 もう一つ言ってしまえばこの必殺ワザ、はたから見ればバルサン焚いているようにしか見えない。
『ただいまバルサンを焚いているので、入室禁止』の貼り紙を貼らなければならないところだが、なにせ対ヒト用のバルサン、そんなことはおかまいなしだ。
「キレイさっぱり忘れてちょ−だい♪」



「……なんだね…これは」
 そう言うだろうと思ってました。
「オレにはクマのヌイグルミにしか見えないんすけどねぇ…、偉いお人には高性能爆弾にでも見えるんじゃないんですか?」
 はだかの王様じゃあるまいし、誰が見てもテディ・ベア以外の何者でもない。
「なんか中に秘密でもあるのかと思ってCT、X線、その他もろもろ試してみたんですけど、…結局のれんに腕押し、ぬかに釘、武士は食わねど高楊枝ってなモンで、―――――さっぱり」
 最後のはちょっと、違うのではないだろうか。
 ちなみに実験書類は、……読めなかった。手書きの上に、象形文字と見紛うほどの字の汚さゆえに。
 完璧な暗号である。本人以外読めないのだから。
「……………………………」
 三人が三人とも同時に押し黙ってしまう。いや一人はもともと黙っていたのだから、正確には二人、なのだが。
「――――帰ってくれ」
 おもむろに立ち上がってブラインドの間から外を眺めたかと思うと、一言そう言った。隙間から差し込む陽光が、オッサンの薄い頭で照り返されてとても眩しい。
 どういうポ−ズで何を言おうが人の勝手だろうが……バ−コ−ド頭で石○裕次郎はサマにならないと思いマス。
「ギャラは……一千万、だったな。これを持ってとっとと帰ってくれ」
「こここここれ、って、これギャラ?」
「十二億の価値なのだろう? 百倍になって良かったじゃないか」
 だからってこんなクマと読めない書類もらったって、売り払えるわけはないし―――。



―――もらってしまった。分かっている、きっと悪いのはオレだ。こんな依頼を受けたのも、ちゃんとしたギャラを請求できなかったのも。
 結局テディ・ベアは、タカハとクミホのアパ−トの初の装飾品となって、タンスの上に飾られることになった。
 実験書類は『地球に優しいリサイクル』のために、ちり紙交換に出され、あえなく一ロ−ルのトイレットペ−パ−と成り果てた。
 だが、今となっては真実を知るものは誰もいない。
 あのテディ・ベアが、実は最新の技術を駆使して造られた、世紀の大発明ネオ・アンドロイドの第一号であることを。
 自身で判断し、自身で行動し、かつX線や金属探知機にも引っ掛からない上、一見してそれと分からないテディ・ベアという外見を持った完璧な暗殺人形(アサシン・ド−ル)。
 しかし、人形は人形として扱われてこそ幸せなのではないだろうか。その所為か、殺風景だった部屋が少し明るくなった気がする。
「まぁ、もらって良かったのかも、な」
「……………現実を直視しろ…」



 一週間後、水道と電気を止められることになるとは、今はまだ思ってもいない二人であった。


〔あん・はっぴいえんど?〕




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