月下美人


「ねえ、起きてるの…?」
 白いシ−ツが闇夜の中で、目に痛いほどの光を反射する。
 満月の光は柔らかで、けれど何処か禍禍しい雰囲気をもって、あたしの顔を照らし出す。隣で眠る、見慣れた横顔も。
 あたしはゆっくりとうつ伏せになりながら、もう一度小さく名前を呼んだ。
「……」
 応えない。死んでいるように、という表現がそのまま当てはまるほどよく眠っている。
「どうせ、また覚えてなんていないんでしょうけどね…」
 自嘲にも似た笑みが口の端で結ばれる。彼は知らないから。
 満月の日の記憶を、彼は持たないから。だから、彼は彼であることを保っていられる。
 そのための『楔』、それがあたし。
「起きてるんでしょ? …あなたのことだから」
 細く、男の癖に綺麗な髪の毛を引っ張ってみる。彼は目覚めない。
 そう、『彼』は。
「なんだよ…眠らないのか?」
 こちらに向けられた瞳の深さに、思わず息を呑んだ。月光の下、彼は彼でありながら、すでに陽のもとの彼ではありえなかった。
「分かってるの…?」
「――――なにを…」
 とぼけている。これはすべて解っている顔。そして、すべて知っている顔。
 おそらく、あたしの知らないことまで、全部。
 あたしは一つ溜め息をついて、枕に顔を埋めた。どちらにしても、こいつには聞くだけムダだったっけ、と改めて溜め息をつき直す。
「お前のことなら、何だって解ってるさ。伊達に2年も一緒にいたわけじゃないしな」
「…………そうね」
 きっと、あたしのほうが解ってなんていなかったんだ。こいつのことなんて、何一つ。何だか悔しいような気がする。
 誰も、何も、理解していなかった中で、こいつだけが『ほんとう』を知っていた。もっとも、知っていたって聞かなければ言わないヤツなんだけど。
「いつまで誤魔化しがきくか、知らないわよ」
「おれは、ここにいなくちゃいけないからな。その時までは、なんとかするさ」
 大きな手があたしの頭を撫でる。小さな子供に触れるような優しさで、もう寝ろよ、とつぶやいた。
 その時まで。あたし達は、その時まで。
 それからは、どうなるの。
 彼は知らない。彼の役目も、あたしの役目も  だから、保障なんてない。だた1人、全てを知るこいつがあたしたちの命運までも左右する。きっとあたしたちにはどうしようもない、それは謀なのかもしれない。
「………………絶対、ゆるさない…」
 閉じた眼の奥で、かいま見えた未来と言う名の残酷な終末。
 たとえ世界の全てがそれを望んだとしても、そうすることが最善の方法だとしても、あたしがそれをゆるさない。

―――絶対に。


BACK